⇦12 権力の分配と行使


現代においては主に他者で構成される集団の影響を意味する区分

目次

区分⇦12の定義・関連する学問分野

生物的環境の外的環境から内的秩序への流れの区分⇦12は、従来であれば人の競争相手として他生物も含まれる所だが現代においては人が他生物を圧倒している。よってこの区分に該当する事象は主に食糧供給を巡る人同士の協調と対立となる。
人から人へ向けた力の行使が中心的な要素となり、それを通じた協調や統治の有り様がこの区分⇦12となる。

[wikiより「政治学」とは、政治を対象とする学問分野。政治とは、人間集団、とくに国家や国家間における権力の配分やその行使のされ方をめぐる事象である](2022/11/26)

区分⇦12と物的環境(B)の関係

生物的環境(C)の外的環境にも人工物や生態系とは異なる他者の集団が存在し、個人に対して時に敵対的に、又は制限や威圧を与える影響力を行使する。
そのため、この区分⇦12に該当する学問分野は政治、経済も含まれてくる。人為的な影響力の行使が政治であり、それには物資源により構築された人工的なシステムによる強制力を伴う。

従来はこの区分⇦12に人の生態系における競争相手となる他生物が含まれていたが、現代は人類が他生物を圧倒しているため、この区分に含まれるのは主に競争相手としての他者や他集団になる。他生物の食料の価値以外の脅威としての影響は大分少なくなっている。
知られた通り人同士の競争から派生する脅威の方がずっと強く、それは法律による制限など様々な形で人が人に与える影響として現れている。その現れ方を対象とした学問が政治学と言える。
政治的な力の有り様は紛れもなく人の意思によって現れるが、人の集団の本能の総体という逆らえない流れという意味で、横の行きの流れに区分されるのだ。改めて横の帰りの流れが横の行きの流れに含まれている入れ子構造を確認したい。
物的環境(B)の内的秩序の横の帰りの流れ(→)がそのまま生物的環境(C)の外的環境の横の行きの流れ(←)に置き換えられる構図は人の有り様を良く示唆している。(2022/11/22)

区分⇦12の性質の詳細・人の集団について

異なる役割を持った個人の集合が一つのシステムを形成する。
これは社会科学の基礎的な考え方で理解しやすいと思う。社会において個人は複数の役割を使い分けながら様々な集団に属している。この意味で人の集団は多層的な性質を持つ。

このような社会に対する見方を前提にして生物的環境(C)の内的秩序と外的環境の関係について考える。
生物的環境(C)の内的秩序に区分される最小の集団である家族を中心とした社会的役割の入れ子構造の最も外側の集団は何だろうか。
これは必ずしも全人類を含めた総体を想定しなくても良いだろう。人類全体の平和を願う理想で括られることもあるが実状に即した考えとは言えない。
よって一つの国家で同じ言語を用いて社会が成立していれば、その国家が個人の属する社会的役割を持つ最大の集合と捉えて良いだろう。ここまでが生物的環境(C)の内的秩序に含まれる可能性がある最大範囲となる。
この集団は人が人に対して行使する力により維持されている。その力は様々な理由や背景をもとに行使され、人間関係、社会関係、身分関係を作る。この背景とは主に人の「生まれ」に関するものであり、その個人にとっての自然環境(A)~肉体環境(E)を意味する。

これは力の行使が社会関係の支配構造や上下関係を作ることを意味する。

他生物から採った栄養を代謝するために内臓器官の連携が働くのと同じように、個人同士の力関係が集団における役割を規定する。こうして人が人を支配して上下関係の力の連鎖構造を作り上げることで集団の機能を発揮する。

こうした視点により、集団の意思とでも呼べるものが、バラバラの個人の動きや欲望や攻撃性などのエネルギーを摂取して集団を成立させ、なおかつ集団全体の活力を高めているという見方ができる。

集団の一部が個人であるから、個人は集団というシステムに包まれていると捉えがちだ。しかし逆に考えて欲しい。生物的環境(C)の内的秩序である集団は複数の個人の働きにより維持されている、つまり人の集団は共通の遺伝子を持つ身体のシステムに包まれてその影響下にあるのだと。(2020/7/7)

人の集団と物の価値による不均等な協調

個人が他者との関係の調整のために物を無制限に利用していること。
物の価値を測るための単位であるお金は、なぜ人の労力の量を指標として共通の価値として使われているのか?

この問いに4つの流れ理論は答えを与えてくれるはず。人は繁殖行動によって同系統の遺伝子を再生産できる点においてコストは掛からない。これに対して物は当然ながら人の遺伝子を持っていない。

なぜ物に対してはコスト(人の労力)が掛からないのか?正しくは個人の物的環境(B)の内的秩序に存在する物、つまり所有物に対してのコストだ。
既に誰かの物だったり触るなと禁止されていない限りはその物に触れるのは自由である。それが他の生物である場合も、身の危険を感じる生物でない限りは自由に触れたり、近づいたりできる。
自分がそうするだけの体力を持っているかどうかが制約となるだけで、自由に物的環境の外的環境にも働きかけることができる。

それに対して相手が人間である場合はどうか?
生物にとって自分と同じ生物種を相手にすることは特別だ。繁殖可能な相手という意味だけではない。競争相手として互角な生物種でもあるのだ。

物は利用することで自らの内的秩序に取り込み、組み入れる対象となり得る。それに対して、同じ生物種として集団を形成し得る身体構造を持つ他者は、自身に取り込むことも相手に取り込まれることもできない地上で唯一の生物だ。
そして環境層と個人の関係性の基礎は人類で共通のものだ。つまり同じ環境下において、似たような行動パターンで協調できる性質を持っている。

そんなヒト同士の協調にコストが掛かるとはどういうことだろうか。

まず競争において、物や道具を使わなければ体の大きい人が有利だ。
生物は個体ごとに生存を追求する構造を持つ存在である。自然環境下でその身体を存続させることが、その生命の唯一で絶対的な目的と言えるだろう。
同じ生物種同士では争うより協調する方が生存に有利に働くことが多いため、群れを作る生物は多い。それは同質、近似質の個体の集合に見られる協調の姿である。
しかし同種の生物でも、子供のうちは小さいため母親に守ってもらったり力の不均等な者同士の協調関係はある。あるいは群れの中心に力の強いボスが存在する場合もある。不均等な協調は端的に力の強さの違いに基づいて生じる。むしろ不均等な場合の方が多いだろう。
このような性質をもつ生物の一種であるヒトが物と出会い、それを利用することで新たな協調の形が生まれたのだ。

まとめとして不均等な協調が成立する条件とは何かについて考察する。
それは力の強さに違いはあるが、遺伝子的な価値(同生物種であり、環境に対する内的秩序の形成パターンが近似している)があり行動を同期させて互いの生命を損なうことなく、同一の目的を果たせる相手に対して成り立つものと言えるだろう。繁殖行動が例として挙げられるか。(2022/6/19)

既存の秩序と人の生

法律、経済、会社に産業、家柄、生まれた時から存在する親との関係など、既存の秩序はどのようにして成立したのか?
この問いに応える力が4つの流れ理論にある。

それは個人の営みから始まった。それが時を経てどのように集団の秩序を生み出してきたのか?集団の秩序を運用するとはどういうことか?
個人が道具を使うのとは異なる。集団の秩序を運用する場合に人は命令や指示や規則や法律によって使役する。

人の生の本体はこの集団の秩序であるとさえ言える。個人は人の本質ではなく集団の一部に過ぎないとさえ言えるか。(2022/8/2)

関連する項目

⇦12に関連のある42区分を以下に示す。
⇨13 家族集団による生存活動
[11] 動物と植物と人

⇦12に関連のある用語について述べたページを以下に示す。
生物的環境(C)
横の行きの流れ(←)

考え方全体の枠組みについて最初から述べたページを以下に示す。
4つの流れ理論


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